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Name: 羽根川 康徳さん 2006/10/08(日) 20:08 「息子の喘息治りました。」 一歳半くらいに発症した息子の喘息が、中学一年生になって、治ったと思われます。 一番酷い時は、年4、5回の入院をくり返していました。 現在息子は、中学一年生でバレーボール部に所属しレギュラーとして頑張っています。 先日も市内大会で優勝しました。 聞くところによると、部活では、30分間走なるものがあり、その間に校舎内を40週しなければならないとのことです。 当初息子は、喘息があるからそれが苦手だと言っていました。 最初の頃は、ビリから二番目とか三番目だとか言っていました。 でも、今はトップ集団で二番か三番くらいの順位で走れて、喘息はまったく気にならないと言っています。 どうやら、あの見ている方もつらい小児喘息から開放されたようです。 わが家は、父親の私も小児喘息を患ったことがあり、息子が発症したときは、私のせいだなと思い、息子にあの辛い思いをさせるのかと考えると申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。 それと同時に自分も経験していたので、何とか小学校卒業までには、喘息からも卒業させてやりたいという思いでおりました。 そこで、私なりに息子の小児喘息にある作戦で挑むことにしました。 それは、逆療法とも言えるものですが、これが案外うまく行ったのかもと今では思えます。 私は、小学校を年平均7〜10程喘息のために休んでいました。 そこで息子には、喘息がありながら、無欠席で通せたら、その時点でお前は私を超えたことになると言い聞かせ、小学校四年生からは、一日たりとも休んだことはありません。 ただし、喘息発作が出たため、朝病院に行って遅れて学校に行ったことはありました。 そして私の秘策、スキーとスケートが息子の喘息を治してくれました。 「励みになります」 羽根川 康徳さん、はじめまして。 おはようございます。 息子さん、年に数回入院するほどだったのに、今ではすっかりよくなったのですね! 小児喘息を乗り越えて、30分走をトップ集団で駆け抜けるとき、息子さんはどんなにご自分に自信を感じていることでしょう。 小学校卒業とともに、小児喘息からも卒業させてあげたいというお父さんの強い思いと、良くなりたいという息子さんの思いがひとつになって、実現したのでしょうね。 こういうお話しを伺うと本当に励まされます。 このみんなのための喘息掲示板に集まってくださっているみなさんのお子さんも、しゅんちゃんも、みんなきっと良くなるって思えます。どうもありがとうございました。 息子さんのこれからの成長と活躍が、とても楽しみですね。 Name: 羽根川 康徳さん 2006/10/10(火) 16:25 「ご丁寧なご返事に感謝してます。」 メールありがとうございました。 家族旅行中に喘息発作を起こしたことがありますか?というアンケートがあり、想い起してみるとありました。 家族で九州へ旅行した際、長崎で喘息発作を起こし、長崎大学医学部の救急センターのロビーで点滴を受けることになり、私と家内で交代で付き添ったのでその夜は、折角洒落たホテルだったのに、宿泊することができずに残念!!な思い出となり、五島列島福江島からの帰りのジェットフォイルの中では、電気コンセントがあったので、息子はずっと吸入器を銜えたままでした。 そのときの周りの視線は、「なにもそんなにまでして・・・」と声なき声と突き刺さらんばかりの視線に耐えての旅行でした。 お陰で、今では、家族内で長崎大学医学部救急センター一泊オプショナルツアー付きの九州旅行として皆の記憶に鮮明に残っています。 以外に本人だけはよく覚えていないと言っているのが不思議なんですが・・・・・・
さて、参考になれば幸いなのですが私は自分でも小児喘息を体験していたので、喘息の発作は、気管支が人よりも過敏で、普通の人では、感じない空気の温度変化や湿度の変化に気管支が過敏に反応してアレルギー反応を起こしたときに発作となって現れるのではと考えならば、過敏すぎる気管支を鈍感な気管支に変えてしまえば、喘息は抑えられるかもと思い、当時4歳で酷い時は、年に四回も入院していた息子を意図的にスケートに連れて行ったのです。 スケートリンク上は気温0度位で、休憩室は20度位この間を無意識のうちに行ったり来たりすることで息子の気管支を鈍感にしてやろうと思ったのです。 そして、もう一つの秘策がスキーです。 私は、生まれが雪国の新潟でしたので物心ついた頃から、スキーは遊びの一つでした。 冬の遊びはもっぱらスキーでした。 不思議とスキーに夢中になっているときに喘息発作を起こした記憶はありませんそこで、息子にも冬場はできる限りスキーにつれて行き時には敢えて吹雪の中を、滑りました。 不思議と喘息発作は起こしませんでした。 この敢えて、逆療法のスキーとスケートによる気管支の鈍感化が息子の小児喘息には効果があったように思えます。 嫌いな持久走等は、喘息を理由に休んでもいいかと聞いてくるのに、好きなスキーだとリフトが止まってしまうまで滑り、帰りの車の中では爆睡状態でした。 そして、今年のスキーシーズンの終わりには、自分からバッジテストに挑戦し大人に混じって3級を取得し、中学生のうちに1級を取るんだと張り切っています。 「一歩その先の親子のありかたへ向かって」 羽根川康徳さん、はじめまして。 こんばんは。 ひろしです。 ご子息の喘息が寛解されたという嬉しいご報告をありがとうございます。 スキー、スケートと元気にスポーツをされているというご子息の様子は、今喘息を乗り越えようと頑張っているわたしたちみんなへのとても励みになります。 羽根川さんのお話しを読ませていただくと、父親としてお子さんとの接し方が、喘息治療という枠を飛び越えて、お子さんの元気な“成長”に結びついたのではないかと感じました。 喘息の治療は、喘息発作が起こってしまったときには、苦しさを止める“対処の治療”、そして、喘息発作が起こらないようにコントロールする“予防の治療”へと進んでいきます。 羽根川さんの親子の関係は、これを一歩先にすすんだ親子の信頼関係によって、お子さんが心身ともに元気な成長を支えられたのだと思います。 喘息で苦しい思いをくり返してしまっている我が子に、私たち両親は治療だけでなく、常に見守って、一緒に頑張っているということを、子供に感じてもらえることが、とても良かったのではないかと思い、今の私自身がどうあるべきかと、あらためて父親という役割を考え直させられているところです。 思い起こせば、以前にご本人が子供の頃喘息だったゆきあかりさんからの言葉も思い出されます。
ちょうど昨年の今ごろ、しゅんちゃんが成長するにすれて、
“みんなの生の声” 「子供に喘息のことを、どう話す?」
喘息治療の一歩その先にある、親子のありかたを、またいといろと考えてみたいと思います。 Name: 羽根川 康徳さん 2006/10/12(木) 21:39 「薬の副作用」 メールありがとうございました。 薬の副作用について、私自身の経験を記してみます。 私が小児喘息を発病したのは、小学校二年生の時で夏風を拗らせて発病してしまいました。 昭和38年頃です当時は吸入は、あまりせず吸引薬「メッジへラー・イソ」と言う名の吸引薬を処方され、強い喘息発作のときは、往診に来てもらい注射を打ってもらいました。 不思議とこの注射を打つと苦しい喘息発作が、うそのように治まり子供ながらに凄いなーと思っていました。 しかし、それから7、8年後高校一年生の時、中耳炎の手術を受けた際に、著しく麻酔の効きが悪く、不思議に思った医師から根掘り葉掘り質問され、恐らく喘息の発作の際に打たれた注射が、麻酔の効きを妨げたのだろうとの結論に至り、今後、麻酔を必要とする手術を受ける際は、予め医師に過去に麻酔が効きにくかった事などを告げ、慎重に対応するようにと言われました。 もう一つは、歯医者さんで抜歯や虫歯の治療で麻酔をされた際も普通の人より、麻酔の効きが悪いと言われました。 テレビドラマでよく覚せい剤を造る時塩酸エフェドリンと言う薬品名が出てきて、喘息の治療薬みたいなことが言われることがありますが、覚せい剤の原料になるのなら、麻酔が効きにくくなる副作用は合点が行く気がしました。 |
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